インドネシアが世界有数の親日国!?その様子とワケとは?vol.184

こんにちは!

海外ライフコーディネーターの渡部 葵(わたなべ あおい)です。

このサイトでは何度かご紹介しているインドネシア。「バリ」以外の都市はまだまだ日本での知名度は低いようですが、実はインドネシアは世界で見てもかなりの親日国なんです!

日系企業の多くはインドネシアに工場や現地法人を持ちますし、ジャカルタやバンドンなどでも日本食レストランは多くみかけます。日本語の授業がある大学も珍しくはありません。

最近はインドネシアの首都ジャカルタでデビューを遂げた「JKT48」というアイドルグループも大人気!名前から分かるように、JKT48はAKB48の姉妹グループです。

このように、インドネシアにおける日本文化の定着と人気は高まる一方ということで、今回はこの「インドネシアがなぜ親日国なのか?」をテーマにお話しようと思います。

インドネシアの親日度はどのくらい?

「親日」といっても、現地でどんなふうに日本が親しまれているのかは実際に生活をしてみないと中々見えてこないと思います。ただ、親日国インドネシアの例として代表的なものが、日本でも大ヒットした「kiroro」の「未来へ」という曲です。わたし自身、中学校の合唱で伴奏をしたのを今でも覚えています。

実はこの「未来へ」はマレーシアでも有名!最近テレビでも取りあげられたようですね!「未来へ」のオリジナルをもとに、インドネシアの女性歌手がアレンジをし、インドネシアでも大ヒットとなりました。それがこちらの曲!原曲をベースに、東南アジアっぽいメロディーが入っていて、お気に入りの1曲でもあります。是非聴いてみて下さい。

ちなみに曲名は「未来へ」ではなく、「sayang」となっています。インドネシア語で「sayang」は「愛」を意味します。恋人や家族を呼ぶ呼び名として使われており、英語でいうところの「love」「darling」「honey」と同じ意味となるでしょう。

マレーシアでも有名な曲なので、インドネシアやマレーシアで現地の人とカラオケに行く時はこの「未来へ」を歌うと盛り上がること間違い無しです!

インドネシアが親日国となった歴史

インドネシアがどうしてここまでの親日国となったのかというと、そのキッカケは数百年前の歴史にあります。

インドネシアは1600年頃からオランダの植民地とされていたのですが、1942年には日本がオランダを降伏させたため、それ以降3年半もの間はなんと日本がインドネシアを統治していました。

にも関わらず、どうしてインドネシアが親日になるのか?

実はその後1945年、日本の第二次世界大戦降伏宣言を機にインドネシアは独立宣言!と思いきや、この時オランダがインドネシアを再度占領しようと戻ってきたのです…!そしてインドネシアとオランダによる独立戦争が勃発してしまった訳ですが、戦争を終えたばかりの当時、インドネシアには3,000名にも及ぶ日本人が残っていました。

そしてこの独立戦争で彼ら日本人はインドネシアと共にオランダと戦い、1947年には無事に勝利!インドネシアは独立を果たしました。

オランダが統治していた頃はインドネシア語を話すことが認められなかった一方で、日本が統治していた間はインドネシア語が公用語として認められたことも、親日国となるキッカケだったという声もあります。

以上のような歴史的背景があったことで当時のインドネシア人から現代へ受け継がれ、今もなおインドネシアは世界有数の親日国となっています。

親日国インドネシアとの歴史と今を知ろう!

日本でインドネシアが知られていない一方で、インドネシアでは日本文化が大人気!そしてインドネシアでは最近、韓流が大流行し始めているようです。

マレーシアやインドネシアでお仕事をしていると、「その国が親日国がどうか」というのは「仕事のしやすさ」や「生活の利便性と安心」にも繋がります。というのも、親日国であれば「日本人」と伝えるだけで家賃の値引きが出来たり、最低限の信頼を得ることが出来るからです。このように、海外、特にインドネシアやマレーシアのような親日国でお仕事をしていると、「海外で自分の国が認められている」と実感出来る経験が何度もあるので、その度に母国を誇りに思うようになりますし、その信頼を裏切らないように、そして後世に継げるように自分も頑張ろうと思えます。

今回ご紹介した歴史や歌の話というのは、日本からのお客さんを現地で迎える際など、お仕事でも使えます。これからインドネシアでお仕事を控える方は是非、ご自身でも調べてみて下さいね!

ということで、親日国インドネシアにおける日本文化に人気っぷりとそのワケについてでした。

SEE YOU SOON!

AOI